

少林寺流とは
少林寺流の命名

喜屋武朝徳先生は、松村宗棍(首里の達人で武士松村として知られる)や、外数名の達人より、八つの型を授けられたが、師の教えた通りの型をそのまま保存継承するという無修正主義を尊重しておられた。すなわち「一器の水を一器に瀉ぐ」という禅の教えに徹したのであります。
すなわち、自ら身に修めた八つの型には、いささかも潤色を加えず忠実にこれを守り、弟子たちに伝承されたのである。
仲里常延先生もこのように、絶対に創意工夫を加えようとしなかった恩師喜屋武朝徳先生の志をくみ取って型の無修正主義を尊ぶ気持ちがおこり、全ては源流にたちかえれという理念のもとに「少林寺流」と流派の命名を行なう。(1955年5月)
「少林寺流」というのは、また、中国拳法の始源といわれ、さらに沖縄の「手」の発達に大きな影響を与えたと考えられる中国の少林寺拳法に因んだ結果の命名でもある。また現実的には、喜屋武朝徳先生の伝承された八つの型と、他の首里手(ショウリン流系)と区別するための命名の結果が「少林寺流」の主な理由である。
少林寺流紋章

1.円
公相君の最初の構えの型にちなんだもので、総べて円満に、平和に問題解決をするということ。
2.文字
少林寺流の「少」を図案化したもの。
3.色
黒色→入門当初は、白帯だが修行を積み、黒帯を獲得する。
赤色→さらに修行に情熱を傾け、「百尺竿頭一歩を進む」の域に達する。
八つの型の特徴
1.アーナンクーの型
少林寺流のみが継承している型で、1925年(大正14年)喜屋武朝徳先生が台湾への武者修行で「行脚」なされた時、現地の達人より伝授された型で、手刀受け、双手受け、連突き、猿臂等の形(技)が含まれ、最初に教授される型である。
3.ナイファンチの型
丹田に力を入れ、裸馬に乗った姿勢で両太ももを締めながら行う。形(技)に変化は少ないが、特に下半身を鍛える型である。

